過去の広瀬日記
2005年10月28日
フランスで感動するのは、やはり建造物の歴史である。パリはもちろんのこと、田舎に行っても昔の建物が今でも大事に使われている。アメリカ至上主義になってしまった日本人であるが、“歴史を大切に残す”“物を大事にする”文化と誇りがフランスにはある。泊まるホテルも、軒並み、築数百年が当たり前の世界だから、毎日、重要文化財に寝泊りしているようなもの。(笑)
以前、日本で有名なフランス料理屋に行き、「食前酒に何を飲まれますか?」と、聞かれたので、「ビールを下さい」って言ったら、「うちはフランス料理屋ですからビールなんて置いていません」って注意された。おいしい料理を食べようと思って行って、注意なんかされてしまっては、せっかっくの食事も不味くなろうてもんだが、日本人のサービスマンは良くこのような言い方でお客様に注意をするときがある。お客さんの方が申し訳なさそうな顔で、「すみません...」なんて小声で、本当に笑止千万である。それで、悔しいから三年前にフランスの三ツ星レストランに行って、実際にビールって注文したら何も言わずに持ってきてくれた。今回もそのような面白い話があった。
ある女性が、朝、ビュフェで出たジャムがとても気に入りおいしかったって何度も言っていた。私も小さなビンに入った、ジャムがとてもおいしいと感じていた。翌日のこと、フランス料理屋で食事になった。私は、フレンチよりもイタリアンの方が好きなので、いつもはパンにオリーブオイルと決まっているのだが、フレンチに入ったらバターと諦めてる。ところが、その女性何を思ったか、「ジャムはありませんか?」っとやってしまった。いくらなんでも、ジャム欲しがるのはまずいんじゃないのって思ったら、案の定、ウエイターが「あいにくジャムはおいていません。ただ、デザートに使うジャムが有るかもしれないので確認してきます」って言ってみなの前から消えた。
しばらくすると、ガラスの綺麗な小さな器にジャムをたっぷり入れて持ってきた。さすが最高級のレストランは、ちゃんと何でもやってくれるのだと感動した。ガラスの小さな器を置きながら、そばに居た私にウエイター小声で、「彼女は、朝飯を食えなかったのかい..」ウインクしながらこう言った。日本人には浮かんでこない、笑える言葉である。

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月26日
いつも海外に行くと、庶民のスーパーに行って食材を見る。フランスで面白いのは尾頭付きの魚ではないが、鳥などに頭がそのままくっ付いていることである。死顔を見て、新鮮さやおいしさが分かるというものなんだろうけど、始めてみたときはドキッとした。
朝一番でマルシェの見学に。日本で言う朝市のようなものだが、いろんな生活雑貨から食材まであらゆるものが置いてあって、とても楽しい。写真の中の一つに、ウサギが丸ごとぶら下がっているのがあるがこれももちろん売り物である。ひとつは1キロ8€だったかと思う。一日中居たいくらいに好きな場所だが、二時間近く居てオンフルールへシードルの見学へ向かった。シードルとは、りんごで作ったスパークリングワインである。要はシュワシュワって泡がでるやつであるが、日本ではこの泡の出るワインをみんなシャンペンというが、正しくは、シャンパーニュ地方で取れたもの以外はシャンパンといってはならない。ここでワイン講座をやっても仕方ないが、知れば知るほどワインは面白い。ワインの好きな人は、是非ワイン教室に通ってみるといいと思うが、結構嵌ってしまうものである。
ポケットワインサロンには、スチュワーデスサンも通ってくるそうであるが、以前、JALのワイン教室(銀座)に通ったときにとても驚いた。最初はスチュワーデスさんも来てるなんて思わないで、教室に行ったが「なんと美人の多い教室なんだろう」って感心してたら、半分以上がスチュワーデスサンということが後でわかった。ほとんどの人がスチュワーデスになって間のない人ばかりで、それはそれで違う意味で教室に通うのが楽しかった。スチュワーデスサンと普通の人の違いは髪の色で判る。スチュワーデスの人は、ほとんどが髪を染めていない。今回も女性の話にそれそうなので、ここら辺にしておきますがワインとチーズそしてフランスパンがあったら最高!! なんて本気で思うワイン旅行です。
今回のポケットさんのツアーは手作りのツアーで、車二台、5人づつ分かれて乗る。それで地図を見ながら一日何百キロと走る。ツアー企画者の館野さんの指示で、毎日男女が入れ替わってメンバーを変えて車に乗る。昨年はカップルが誕生して結婚までしたそうである。私には関係ないことだが、何かわくわくしそうな楽しそうな話である。このツアー、三年越しの願いが叶っての参加である。昨年とその前は、講演が入っていて参加できなかった。是非、ワイン好きの方は参加するといいですよ。

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月25日
フランスロワール地方のワイナリー巡りに参加している。主催はポケットワインサロンである。三年前、ソムリエの資格を取りたいなどと無謀なことを考え、ソムリエ試験のためにここの教室に通った。ソムリエの試験の方はどうなったかというと、私の場合仮に試験に受かっても、そういった関係の仕事をしていないということで、ソムリエの称号は与えられないということが分かって、試験を前にして逃亡した口である。従って、ワインについてあまり偉そうなことは言えない。ソムリエと同じ試験を受けて、受かっても“ワインアドバイザー”(これはうろ覚え)の称号となるのだが、聞いた印象は天と地ほども違う。車の免許をとっても乗らない人だっているのだから、同じ称号で良さそうなものなのに、お堅いものである。
ワインを飲んで初めておいしいと感じたのが、今から20年くらい前。JDLという会社に勤めていた頃、会社を休んでウインドサーフィンの教室に行って、夜、牛乳鍋と一緒に飲んだ白ワインが火照った体に、本当においしかった。ドイツの白ワインだった。ハーフボトルで1,200円もして高いものだと感じたが、あれが本物らしいワインを飲んだ最初かもしれない。初めてワイン教室に通ったのは、渋谷の小さな個人教室。今から15年前。その教室の先生は結構エキゾチックな顔立ちの美人で、大きな住宅に一人住まいなのが妙に気になった。生徒の間でも勝手な創造に話を咲かせていた。年齢は30代半ば。広いキッチンを教室代わりにして、生徒は5-6人。趣味の域をでない。あるとき私ひとりが最後まで残っていろんな質問をしていたら、「広瀬さん、良いもの見せようか?」って、彼女が突然立ち上がった。そして「私の後に着いて来て...」って笑顔で言う。断れない雰囲気で、黙って後を着いて行くと、なんと彼女は自分のベッドルームのドアを開けた。薄い間接照明がぽつんとついていてセミダブルのベッドが壁際においてあった。私が、部屋の入り口で中に入るのをためらってると、彼女はフローリングの床に座り込んで、「ベッドルームを掃除してないので、見せるのは恥ずかしいんだけど、ここしか作れなかったのよ。見て!!」といって、地下収納庫への入り口を開けた。そこは3畳以上のスペースがあり、いろんなワインがしっかりと棚に納まっていた。10分くらいそこでワインの数々を教えていただいたが、当時の私の知識では何が何なのかさっぱり分からない。セラーの薄明かりに浮かんだ彼女の顔も印象的であったが、ワインセラーに息づくワインたちの魅力には、言いえぬ感動を覚えた。今回で三回目のフランスワインのツアーだがとても楽しみである。

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月20日
元経営塾の根本先生と食事をしました。イヤー、話し方が相変わらず、楽しくって、いわき弁だなもーって感じで。楽しい夜を過ごしました。確か今年は、70件以上の新規獲得を目標に頑張っているそうで、まだまだ、目標に遠いところもあるが、今年中には必ず達成するんだ、と職員さんの成長振りを楽しそうにお話いただきました。そのあと、近くの「阿部」と言うすし屋に行きましたが、別に美女二人がいたからと言うわけでは有りませんが、来年一月からの復帰を誓ってくれました。それと、全国大会にも参加していただけるとのこと、親しかった、皆さんお楽しみに。

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月19日
情報交流会でe-fpの花田さんに、特別出演いただきました。花田さんはソニー生命の営業マンをやっていた当時、保険の売上で、九州地区で3年連続ナンバーワンになったことがあり、保険業界ではカリスマ的存在の人です。現在、彼から何らかのコンサルを受けている、保険営業マンが4,000人居るというから驚きです。彼が、営業マン時代、トップの成績を残せたのも、会計事務所との密接な関わりがあったからだと言います。
「私にとって保険を売ることは簡単です。しかし、お客様と会うきっかけを作ることの方がとても難しかったです」と花田氏は当時を回想します。そこで花田氏が取った戦術は、会計事務所と親しくなることでした。当時、花田氏が通ったのは熊本の中規模事務所でした。当時は職員が15人程度で顧問先は200件くらいでした。今では、全国でも指折りの規模の会計事務所になっていますが、私はそこに、毎日6時か6時半ごろには訪問していました。ところが、所長先生と話しているうち、職員ともだんだん親しくなりました。あるとき、所長の許可を得て、私は事務所の職員と顧問先を一緒にに回ることを始めました。ある職員と病院に行ったときのこと、保険のセールスは断られましたが、これから開業するドクター、医療法人化を考えている知り合いのドクターを紹介してもらいましたが、こうした“見込み客”をご紹介いただくことは、私にとってはいとも簡単なことでした。そこで、え!っと驚くことが、分かりましたね。なんと、会計事務所の職員は、この「紹介してください」の一言がなかなかうまく言えないのですね。
この話、花田さんのお話の一部の抜粋ですが、この後の食事会のときに、保険のプロ営業マンと会計事務所のアライアンスをFANを中心に組もうという具体的な企画にまで発展しました。私は、草食動物の中に、放つティラノサウルスのような光景が浮かびました。是非ご期待下さい。(この話の詳細は、月刊シリエズ12月号に掲載予定です)
投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月13日
月に一回、ラウンジで社員の誕生会を行います。
料理は、近くの仕出屋さんから買ったり、アトレにある『成城の石井』でチーズを買ったりします。そんなにお金はかけません。参加は自由、いつもは、社員の半分強の人が参加します。もちろん、ビールにワインが中心ですが、昨日は、弥生の平松さんにもらった、黒糖焼酎『弥生』がとてもおいしかったです。ちょっと年配の社員には大うけでした。ありがとうございました。

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月11日

株式会社弥生の平松社長が、ラウンジが見たいということで会社にやってきました。相変わらず元気一杯で、6時過ぎにラウンジでビールを空けて飲んでしまいました。社員は、6時過ぎれば、ビールは100円、ワインは1,000円となっていますが、お客さんと一緒のときはもちろん、無料です。
ビールを飲んだので、ちょっと大きな声でお話したため、スペシャリスト養成講座を受講していた、教室の皆さんにちょっと声が漏れてしまったようでごめんさい。
平松社長からは、引越しのときに、黒糖焼酎『弥生』をもらいまして、早速、その壷を前において記念撮影をしました。二人で酒を飲んでもつまらないからということで、美人弁護士の誉れの高い、内田久美子先生もお呼びして、広尾のイタリアンでおいしいワインを飲みました。
平松さんは、その日、新しい会社を登記したということでとてもめでたい日ということもあり、2000年のオーパスワンを1本空けて、前途を祝福しました。ワイン好きならご存知のように、2000年のオーパスワンは、もうほとんど市場から姿を消したという超人気ワインです。
投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月08日
いよいよケアンズ最後の日。早いですね。オーストラリアの良いところは、とにかく時差が無いこと。アメリカの東海岸に行ったときなんか、時差ぼけが直らないまま、過ごすってかんっじで、本当に大変です。今日は、グリーン島での三時間とその後さんご礁の見える海で三時間過ごすみたいな、超観光客向けのプランに乗っかって、船に乗りました。私たちの会社のロケハングループも同船。今日は、倉科さんと永田さんのインタビューとのこと。永田さんは、砂浜でご自分の入社してからの体験をお話ししてとてもご機嫌でしたが、帰りの船で、船酔いでダウン。でも、みんな精一杯楽しんだ一日でした。夜は、おいしい料理をたらふく食べて、その後皆さんはカジノへ、私はホテルに戻ってこの社長日記とやらを書いています。(トホホ)
写真は、グリーン島への船。ロケハン。そして倉科さんのサービスショット。誰も見たくないかもしれないけど、ごめんなさい。それと、今別府さんが、男の子みたいにはしゃいで、いざシュノーケリングへ。で最後に、皆さんのお別れ食事会です。

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月07日
今日は、みんな頑張ってこれから採用する社員へのメッセージということで頑張って、ビデオ撮りをやっていました。自分で言うのもなんですが、やっぱ、新しい人たちを、素晴らしいしい人を迎えるために、みんな頑張ってるのって良いですね。このテーマ皆さんもやってみてみませんか?
写真は、ロケの様子。それと二段目は、鰐に挑戦する、、石井、高島、生井。私も食べましたが、うーーん、鶏ってところかな。最後はみんなで記念撮影って感じですけど、石井さんちょっと酔って足を開きすぎじゃない。え、斉藤さんのリクエストだって。そんなーー。斉藤さん、二人の子供とだんなさんは、家においてきたって言ってたけど、大丈夫ーそんなにのっちゃって、石井君の肩に手を置いてない!? その横は、カジノに突入する今別府さん。オーストラリアの人って、足が長いですね。(笑)

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月06日
今年の『社長と夢を語る会』は、オーストラリアのケアンズ。参加者は10人。選考方法は、社員からの投票と、社長の推薦。ただ観光をしたり遊ぶだけでなく、しっかり、日常の中での問題や課題を討議したり発表したり。今回のテーマは、「どうやって、素晴らしい仲間を自分たちの会社にひきつけるか」ということになりました。で、どんな人に来てもらいたいかを自由に発言して、二つに絞られ、一つは、「一緒に会社を成長させる人」もう一つは、「素直で思いやりのある人」となりました。
で、ケアンズで何をするかというと、応募者に向けてビデオを撮ろうということになりましたので、素晴らしい出来倍に皆さん期待してください。もちろん、FANに入っている人とか、アックス財産コンサルタンツ協会の人、うーーんそれから、とにかく会社や事務所を生長させたいと思っている人には、お見せしたいと思いますので、できばえに期待してください。
↓ 最初の写真は、空港についてすぐ。その下の左は、部長の国東さんがコアラを抱いて写真を撮ってるところ。その横は、高島君がバンジージャンプに挑戦したいと思いながら、44m上に上がってみたところ。その横は、日差しが強いので、帽子をかぶって朝食に向かう、変なシーン。下は、動物園の前で。一番最後は、ディナークルーズでの写真です。
南十字星は、見えませんでしたが、肉眼で、木星がしっかりきれいに見えました。

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月03日
北海道の吉岡先生が主催する、BMCでのパネルディスカッションに出席しました。BMCの竹林さん(TKCの元役員)と呑んでたときに、今度パネルディスカッションやるから出てよ、と、竹林さんが、吉岡さんの隣で、ちょっと酔っ払いながら言うから、「誰とやるの?」って聞いたら、「本郷先生とか水上先生」って言うもんだから気軽に「OK!!」って感じ。ところが、10日くらい前に、何人かの人から電話がかかってきて、「広瀬さん、いよいよタックスハウスの森中さんとガチンコ勝負するの!!」なんて、面白そうに、私をあおる。もちろん初耳だけど、勝手に出演者をリリースされちゃたんじゃ、出るしかないよねって、ことで当日に。
コーディネイトが、吉岡さん、それに浅沼先生に森中さんに私というなんともよく分からないメンバー。(笑)
本当は、しっかり森中さんと議論してみたかったんだけど、時間の都合で、それぞれがお話をするといった感じで終了。
森中さんのお話の中で、すごく気になったのが、『H&Rブロック』を引き合いに出して、会計事務所の未来がそこにあるような言い方。私に言わせれば、『H&Rブロック』は会計事務所ではない。なぜなら、EA(税理士)もCPA(会計士)もそこの店長になっている人は、皆無に等しい。つまり、無資格者集団の申告代行会社。何故そんなところと、会計事務所をダブらせて話すのかその意図が理解できない。『H&Rブロック』に来る連中は、年収300万も無いような連中。そんな連中を相手に、会計事務所ががビジネスをやっているはずも無い。
もちろん、森中さんのおっしゃったような金融の巨大マーケットが存在することは確かだけど、税理士さんや会計士さんの仕事じゃないし、アメリカでもその部分は、やってない。
この間も、ある先生が、実務経営の研修旅行に参加するんだけど、それでハワイで『H&Rブロック』を見るんだけど、なんておっしゃっていましたが、なんだか『H&Rブロック』が会計事務所と勘違いされているみたい。でも、見ることは一つの形を確認する意味でいいと思うけど、会計事務所の将来はそこには無いってことだけは、確かめて聞いて欲しいよね。って私は助言しました。だって、アメリカの取材に10年以上何十回といった取材の結果このように言っています。いずれにしても、ここら辺の話は、テープにでもまとめてお話しするか、シリエズで記事にします。
(2005年12月26日の社長日記で、H&Rブロックのことを記述しました)

投稿者 : 広瀬 元義 
2005年10月01日
年に、7-8回土曜研修があります。研修の内容は、コミニュケーション、チームワーク、リーダーシップなどのEQに関する研修を主に行っています。
今週の土曜日は、上原春男先生の成長の原理のビデオを見ました。「企業は、リスクが無ければ生きてゆけない」「利益は創造性の総和である」「企業は人間の組織体である」といったことを、みんなで理解し、行動に変えてゆこうという研修を行いました。ビデオ研修の後は、各グループに別れて、経営品質を高めるためのマニュアルとルール作りを行いました。

投稿者 : 広瀬 元義 
ピーター笠間が私のオフィスに遊びに来ました。彼は、1946年日本生まれ。1969年寒いシアトルに着いたとき、ポケットには20ドルしか入っていなかったよ、と笠間氏は当時を振り返りながら目を細める。上智大学を中退してシアトルに渡りCPAの資格を取り、アースト・アンド・ヤング公認会計士事務所を経て、80年にカサマ・アンド・カンパニーを設立した。今から10年前に事務所のM&Aを二度行い、最終的に60歳を境にして、会計事務所の仕事を止めた。今は、ラスベガスの郊外にある、レッドロックというゴルフ場の中の素敵な住宅に住んでいる。アメリカに渡った日本人の中でも成功者の中の一人だろう。
庭のジャグジから4番ホールのグリーンが見える。ちょうど目の前から2打目のプレィヤーを見るのにちょうど良い場所である。今彼は、奥さんと一緒に始めた不動産のビジネスに、次のステージを求めている。奥さんも、CPAであるが、二人ともCPAを止め、今はこのビジネスにのめりこんでいる。奥さんは北欧の金髪美人。年齢も40代ということで、このビジネスの中心は奥さんである。二年前にはじめたこのビジネスが当り、今、エージジェントを150人抱えるようになったと彼は嬉しそうに言った。
昨夜、一緒に食事をしながら、ビジネスに必要なのは、「感情の交換」なんだと彼は教えてくれた。そうしなければ“勘定”につながらない。感情が交換できるとは、いかに相手に信頼されるか、もちろん自分も相手を信頼するかにあると思う。
ちなみに、私どもの新しい事務所のラウンジを見て、アメリカでもここまで、洗練されたつくりは無いよって、褒めていただきました。そして、「お、ここはフロントオフイスだね」と言ってくれました。
下の写真は、当社のラウンジで取った写真です。

投稿者 : 広瀬 元義 